入院

  • 2019.05.02 Thursday
  • 07:31

 

 入院してからは、検査の毎日だった。見舞いに行っても、検査でいないこともしばしばあった。一体どれほどの種類の検査があるのかと、その多さに驚いた。父の部屋は外科病棟9階にある4人部屋の入り口側だった。個室を希望したが、満室なので空き待ちということだった。窓からの光もカーテンで遮られた部屋。壁には黒ずんだ汚れがあちこちにあった。決して不潔というわけではないが、これから大手術を受ける父を持つ娘としては、もう少しどうにかならないのかと気になった。それをカバーしようと、毎日オレンジや黄色やピンクの花を買って行った。

 

 T病院まで行くのに、実家から片道2時間近くはかかる。母が昼頃に、私が夕方にという風に交替制にしたり、私が行く日は母を休ませたり、そういう日には弟が仕事帰りに寄ったりしていた。病院では6時頃が夕食の時間だ。父は夕方になると「もう帰っていいよ」と言う。毎日往復4時間近くの道のり。行きはともかく帰りは満員電車。でも、夕食前に父を残していくのはいつも後ろ髪が引かれる思いがした。さみしくないか、つまらなくないか、いま頃何をしているのか。夜、TVをつけると懐かしの昭和歌謡曲特集がやっていたので、母は父にメールをした。「見てるよ」と父から返事が来る。それだけで何だかほっとした。

 

 入院して3日ほど経った頃、私は父と一緒に病院で夕食を食べることを思いついた[1]。なぜこんな簡単なことにもっと早く気がつかなかったのだろうかと、自分を責めた。さっそく、T病院に向かう途中に東武デパートに寄って、父が好きそうな魚料理を数種類買い込んだ。カレイの煮付けや鯛の煮付け、どれも食べさせたかった。「今日から私も病院で夕飯を食べることにした」とさらっと言うと、「そうなの?」と父は言った。否定しなかった。これは父が望んでいるということだった。病棟には各階にデイルームという部屋がある。そこには自由に使ってよい56個のテーブルとそれぞれのテーブルに4脚ずつの椅子が備え付けてあり、テレビ、製氷機、水道、花瓶が置いてある。夕食時にデイルームに行くと、そこには私たちのように一緒に夕食をとろうとしているご夫婦と独り身だと思われる患者さんがすでに座っていた。「あの人がここのボスだよ」父は小声で言った。「何でも知ってるんだよ、ここの病院の歴史とか、評判いいとか。ああなるまで長くいるもんじゃないよな」。「でもお父さん、なんだかんだいって、けっこう仲がいいみたいじゃない」と私が言うと、「だって話しかけてくるんだよ、誰も相手にしてくれないみたいだから、聞いてあげてんの」と父は言った。そんな話をしながら、独りで病と闘わねばならない人の背中をじっと見つめてしまっていた。父もまた長い単身赴任生活のなかで、知っていたのだろう、独りの意味を。

 

 次の日からは父が食べたがっていたとこぶしの煮付けや鰯の煮付けなどを毎日持って行った。母と私で交替で父と夕食をとり、先に帰った者が家事をした。父は夕食が食べ終わると、いつも体重計にのった。体重が維持できていること、500グラム増えるだけでも安心するようだった。「ここの飯はけっこううまいんだよ」と父は言いながら、ご飯が食べられる自分を確認しているようにも見えた。「まったく、病院に入れられるとすっかり病人にされちゃうんだよな」と父は言った。「ほんとその通りだよね、病院ってある意味すごいね、普段は暴れん坊のような人もきっとおとなしくなっちゃうんだろうね。でも、そうじゃないと医者も治療できないよね、きっと」と私は言った。

 

[1] 私は自分が入院したときの経験を思い出していた。そうすることで、父のいまの気持ちに少しでも近づけるような気がしたからだ。こうして私は自分の入院中に、夕食を母と食べたかったことを思い出した。

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