手術の説明

  • 2019.05.03 Friday
  • 15:39

 

 手術室とICU(集中治療室)は6階にある。ICUの側には手術をしている患者家族の待合室があって、そこから少し入ったところに病理解剖室がある。K医師に連れられて歩きながら、手術が無事に終了してICUに入ったということが話された。病理解剖室に行くと、そこにはたったいま患者から切り取った組織をピンで留めている医師がいた。理科室にあったような机と実験用の器具がたくさん置いてある。検査での診断通りだった。病巣部はきれいにとった。でも、軟骨にリンパ腺がべったりとついていたのが気になるので、放射線治療などをした方がいいと思う。そんな説明だったと思う。K医師は父のこれからの仕事のことまで考えながら話してくれた。治す、治る、という希望がもてる話でるように思えた。実際には、詳細なことはよく分からないというのが本当だった。食道がんについて勉強したつもりだったが、太刀打ちできるわけがない。手術が終わったことだけで頭がいっぱいだった。居ても立ってもいられない割には、あんなにリアリティがなかったのに、終わった途端に一気に安堵感に包まれた。

 

目の前にある父の食道。筒状になっていた食道は真ん中から切り開かれて、その下に少し胃がくっついていて、いびつな長方形をしていた。そこには灰色っぽい黒っぽい色をした粘着質のようなものがこびりついていて、長方形の真ん中辺りが少し破れていた。「わっ、大きい」と叔母が言った。「ええ、大きいですね」とK医師。しかし、私はそれががん細胞としては大きな部類に入るものなのかもしれないが、こんなに小さなものが人を死に至らしめるということの方が不思議で仕方なかった。大きいといっても、噛み終わったチューングガムを紙に貼り付けて広げたくらいの大きさなのである。

 

いずれにしても、K医師の説明をそこにいた私たちは、「これで治る、目に見えるところは全部とったんだ」と解釈していた。手術したのだから治る。もう大丈夫だ。家族の誰もが素朴にそう思っていた。けれども同時に、私はK医師の言葉が明快ではない表現が多いことをなんとなく気にしていた[1]

 

 ICUに入ると、父のベッドの周りに父の手術を担当したと思われる数名の医師が父を囲むようにしていた。私たちに気づくと、すぐに立ち去った。父に面会できるようにしてくれたのだろう。テレビで見るような器具を体中につけられていた父の姿を見て、やっと、涙がこみ上げてきた。挿管されていたので口へつながれている管を固定するために、唇はテープで留められていて少しゆがんでいた。まぶたはまるで糊で留めたかのようにぴったりと閉じられていた。「よかった…」「お父さん、がんばったね」そんなありきたりの言葉しか出ない。エレベーターで見送った父は、いまベッドに横たわっている。その間、父はどんな思いをしたのだろうか。手術室に行くまでの間、手術台に上がるとき、逃げ出したくなかったのだろうか。怖くはなかったのだろうか。

 

 叔母と叔父と従兄弟は、ベッドで眠る父の顔をみて帰宅した。私と母と弟は、とりあえず近くの喫茶店に行ってコーヒーを飲んだ。疲れ切っていた。「悪いところは全部とったんだ。これで治る。よかった」と、そう互いに言い合った[2]。それからまたICUに戻り、父の顔を見た。何も変わっているところはない。ただぐっすりと寝ているだけだった。

 

[1] 大抵の場合、医師は治療に関わる事柄についてきちんと説明している。しかし一般的に、患者はそれを理解しきれない。そこが医師と患者の間にしばしば生じる誤解の元であることは周知であろう。私は医師の話す言葉の論理的構造は分かっても、「軟骨にリンパ腺がくっついている」ことがいかなる点において問題になるのか、それが分からなかった。

[2] このときはまだ知らなかった。食道がんの治療において、手術後の治療がどれだけ大変なのかを。「手術が成功した」という意味を。

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